研究者紹介
プロフィール
濃沼 政美
教授 博士(薬学)
昭和大学大学院薬学研究科博士前期課程修了。
本学薬学部医薬品安全性評価学ユニットの濃沼政美(こいぬま まさよし)教授率いるTeam IYOKAN(医薬看)が第14回日本クリニカルパス学会学術集会(開催日:2013年11月1-2日、場所:盛岡地域交流センター)で、「我が国の医療制度下におけるクリニカルパスクリニカルパスとは、主に入院時に患者さんに渡される病気を治す上で必要な治療・検査やケアなどをタテ軸に、時間軸(日付)をヨコ軸に取って作った、診療スケジュール表のこと。日本クリニカルパス学会より
( http://www.jscp.gr.jp/about/)の効果の検証 ~在院日数と医療費を焦点としたメタ・アナリシス同じ問題を扱う二つ以上の試験から得られる定量的な証拠について形式に則って行う評価法である。
最も一般的なメタ・アナリシスでは、様々な試験の要約統計量を統計的に結合するが、生データを結合する場合もメタ・アナリシスと呼ぶ場合がある。臨床試験のためのeTraining center (日本医師会治験促進センター)
https://etrain.jmacct.med.or.jp/
~」の研究発表を行い、学術集会最優秀賞を受賞しました。
今回、我が国おけるクリニカルパスの意義やクリニカルパスを用いた治療における薬剤師の役割について濃沼教授にお話しを伺いました。
「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」によると、医師と薬剤師が特定の患者の治療に関して事前に契約を結び、予め作成されたプロトコールに従って薬剤師が主体となって患者の薬物治療を管理することが求められています。この業務を適正かつ円滑に実践していくためにも、薬剤師はパスを積極活用することが必要不可欠だと思います。
2014年の診療報酬改定では「医療機関の機能分化・強化と連携」とともに、「在宅医療の拡充」が謳われております。パス本来の使用目的である在院日数の減少は、まさにこの改定で謳われている「在宅医療の拡充」と合致するものです。そして「在宅医療の拡充」は薬局薬剤師の責務にも大きく関わってきます。今後は標準治療を主体に、あくまでも患者目線に立った薬物療法の実践に薬剤師は責任を持つべきであると思っております。
パスは1980年代に米国から導入が始まりました。当初、米国では医療費の定額支払い制度の中で在院日数と予算を管理するためのツールとして活用されていました。現在、米国の他にカナダ、ドイツ、ベルギーなどの欧州諸国、またシンガポールや韓国などアジア諸国でも普及しています。パスを実施する意義としては、診療の標準化に基づく医療の質の向上や医療安全の向上等が挙げられます。
パスの実施に関しては、患者を含めた医療チームが専門性を発揮しつつ情報を共有することが重要であり、一度作成したパスに関しても、定期的にバリアンス(variance; パスで予想された過程と異なる経過や結果の事)分析を実施することで常に改訂を行い、PDCA(plan-do-check-action)サイクルを回しながら最適な医療の提供に努めることが必要です。
パスの効果については、世界的にも多くの報告が存在し、中にはメタ・アナリシス論文も存在します。日本においてパスを実施する意義は、欧米と変わりはありませんが、このパスの効果については医療制度の違いがあることから、単純に諸外国のデータと比較することはできないのが現状です。
そこで今回我々は、我が国での医療制度下におけるパスの効果に注目し、メタ・アナリシスを行いました。また、更に、診療科毎やDPC(Diagnosis Procedure Combination;診断群分類)対象病院(2013年度の統計では全国でDPC対象病院は約1500病院ある)であるか否かにおいて、パスの効果がどのように異なるかについて、解析によって得られたeffect size治療の有効性を評価するための一つの指標で、「効果量」と和訳されている。治療Aと治療Bの平均血圧値がそれぞれ標準偏差とともに与えられる場合、下記の式で計算される指標を効果量と称する。すなわち、治療AとBの平均血圧値の差の、AとBの差の標準偏差(差のばらつき状態)の商を求めることで、標準化された平均血圧値の差で表すことができる。
値を判定指標として評価を行いました。この結果、我が国でのパスの導入は在院日数および総医療費のいずれの削減に対しても有効な手段であったことが、メタ・アナリシスによって改めて証明されました。また、非DPC施設のパスはDPC施設のパスに比べ、在院日数・総医療費共に削減効果が大きいことも明らかとなりました。なお、本研究においてeffect size値をデータ比較のために判定指標とした試みについても、画期的な手法であったと考えています。
皮肉なことに、海外の研究ではパスを使用して治療を実施したことによって、むしろ患者の満足度が減少したとする報告も存在しました。このことから、今後は、パスを実施したことによる患者アウトカム(満足度やQOLなど)の変化について明らかにしたいと考えております。
先ほど述べましたが、パスの意義は、診療の標準化に基づく医療の質の向上や医療安全の向上等が挙げられます。しかし、近年では電子カルテの導入に伴い、パスを単なる治療手順書として使用している施設が見受けられます。治療手順書は治療の手順やそこに介入する医療関係者を単純に時系列に示しているだけで、TQM(Total Quality Management)ツールであるパスとは、異なります。更に、パスは本来、チーム医療の中で患者に対して治療のインフォームド・コンセントを得る上でも非常に重要なツールであることから、患者用パスと医療者用パスが対になって活用されるものです。残念ながらこのような点について十分理解されずに用いられている施設があるのが現状です。
パスを用いた治療において薬剤師が役割を果たす上で問題点としては、現在運用されるパスには薬剤師の業務(タスク)が殆ど組み込まれていないことが挙げられます。したがって、パスを作成する段階から薬剤師が係ることが重要だと考えます。
医政局長通知「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について」(平成22年4月30日医政発0430第1号)によると、「① 薬剤の種類、投与量、投与方法、投与期間等の変更や検査のオーダについて、医師・薬剤師等により事前に作成・合意されたプロトコールに基づき、専門的知見の活用を通じて、医師等と協働して実施すること。」とあり、医師と薬剤師が特定の患者の治療に関して事前に契約を結び、予め作成されたプロトコールに従って薬剤師が主体となって患者の薬物治療を管理することが求められています。これにより、薬剤師が糖尿病患者でのインシュリン製剤の用量変更やATPPをモニターしながらワーファリンの用量調整を行ったりすることが薬剤師のタスクとして考えられます。
この医政局長通知におけるプロトコールの運用に関して、私はパスを用いることが最適であると考えています。なぜならば、医療は、医師と薬剤師の契約で成り立っている訳ではなく、患者を含めた医療チーム全体として、薬剤師がどのタスクに対して責任を持って業務を遂行するかについて、チーム全員が情報共有することが必要であるからです。すなわち、医政局長通知におけるプロトコールとは、パスにおける薬剤師タスクの一つであるに過ぎないということが私の見解です。更に、TQMツールであるパスの概念を用いることで、患者の選択基準の作成や、バリアンス分析に基づくプロトコール改訂などが実施できることなどの利点があり、またプロトコールの管理としても、パスであれば院内の承認を得て、委員会などで一元管理してもらえる利点もあります。
これらの観点からも、薬剤師は大いにパスを活用していくことが今後も必要だと思います。このような事からも、私個人としても病院薬剤師会等の委員会活動などを通じて、多くの薬剤師に対してパスの啓発活動を行っています。
医療関係者の軽減負担と薬物療法の質の向上に資する薬剤関連業務を行うため、2012年診療報酬改定で病棟薬剤業務実施加算が算定できるようになり、病棟での薬剤師の重要性が増してきています。本研究と併行して、全国済生会病院薬剤師会と共同して実施した別の研究では、病棟薬剤業務実施加算をきっかけに薬剤師が病棟常駐したことにより、患者の平均在院日数が、約0.6日短縮したという検証結果も得られました。
2014年の診療報酬改定では「医療機関の機能分化・強化と連携」とともに、「在宅医療の拡充」が謳われております。パス本来の使用目的である在院日数の減少は、まさにこの改定で謳われている「在宅医療の拡充」と合致するものです。そして「在宅医療の拡充」は薬局薬剤師の責務にも大きく関わってきます。患者不在とならない、つまり患者が同意した上での標準化された薬物治療管理に病院・薬局薬剤師は大きく責任を果たすべきであると思っております。