連載コラム

薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。

2024年10月掲載

パリオリンピック雑感

中谷良人教授

薬学部教授
中谷 良人

スポーツの祭典であるパリオリンピックが閉幕した。日本は海外で開催された大会で最多のメダルを獲得した。筆者は昔からスポーツ観戦が好きで、今回も時間が許す限り視聴していたのだが、日本選手の活躍は誇らしく思ったし、大変勇気づけられた。視聴した競技のすべてについてお話しすると膨大になってしまうので、陸上競技に絞って感想を述べたいと思う。

筆者は中学から大学まで陸上競技部に所属し、短距離と走り幅跳びを専門にしていた経緯があり、これらの種目を中心に感想をお話ししたい。

まず、世界最速の男を決める男子100 mには、サニブラウン選手、坂井選手、東田選手が出場した。サニブラウン選手は昨年の世界陸上でファイナリストとなり今回も活躍が期待されていた。予想通り予選を危なげなく突破したが、準決勝で5着となり決勝進出を逃した。世界規模の試合にピークを合わせて自己ベストを更新することは非常に難しいのだが、準決勝では9秒96の自己ベストをマークしたのは称賛に値する。日本の他の2選手は準決勝に進めなかったのは残念であり、4×100 mリレーの苦戦が予想された。

近年日本のお家芸ともいえるのが男子4×100 mリレーであるが、予選4着となりプラスで拾われて決勝進出という薄氷を踏む展開であった。決勝では一部メンバーを替えて臨み、金メダル有力な米国が失格する中で3走の桐生選手まではトップ争いを繰り広げたが、アンカーへのバトンパスが間延びしてしまい5着という結果となった。日本チームの得意とするバトンパスに綻びが出てしまったのは残念だが、サニブラウン選手以外は100 mで予選敗退する状況では大健闘だったと思う。今後は、予選でエースであるサニブラウン選手を使わなくても決勝に残れるように、山縣選手や小池選手などの実績のある選手を含めて個々の走力を高めて選手層を厚くすれば、再びメダル争いに絡める可能性は大いにあると思う。

男子400 mについては高野選手がバルセロナオリンピック(1992年)で入賞してからずっと低迷していたが、昨年日本記録が更新された種目であった。しかし、日本選手3名はいずれも準決勝に進出できず、暗雲が垂れ込めた。実は、今大会では200 mから1500 mの各種目で予選通過できなかった選手が敗者復活戦で救済される制度が導入されているのだが、日本の3選手は4×400 mリレーに専念するため、敗者復活戦を棄権した。400 mはスプリント種目の中で最長であり消耗が激しいので、個人的にはこの判断は賢明であったと思う。その結果、日本チームは予選で従来の日本記録を更新し、全体4位の記録で通過した。さらに、決勝では再度日本記録を1秒15も更新し、6位に入賞した。陸上競技会のトラックの締めくくりの種目は4×400 mリレーと決まっているので、日本チームが決勝に残り、ベストを更新したことに感慨もひとしおであった。今回は予選と決勝を同じメンバーで走ったが、消耗の激しい種目であるので、メンバーの入れ替えをしてもパフォーマンスが維持できるように選手層を厚くすることでメダル獲得の期待も膨らむと考えられる。

来年には東京で世界陸上が開催される。筆者は前回の東京開催(1991年)を観戦し、幸運にも男子走り幅跳びの世界記録の更新を目の当たりにした(ちなみにこの記録は現時点でも更新されていない)。陸上競技を生で観戦した経験がある方は少ないかもしれないが、同時に複数の種目が行われていて飽きないし、トラック種目のスタート前の緊張感や競技終了後の歓喜の瞬間をぜひ現地で味わって欲しいと思う。

前述の通り、筆者は大学時代に薬学部生でありながら陸上部に所属していた。薬学部生には定期券が必要ないと揶揄されるほど多忙だったが、なんとか部活と両立することができた。部活ではトレーニングの継続は厳しかったが、記録という客観的な指標で自身の成長を実感できただけでなく、人間関係を拡げることができた。また、競技会に向けて計画的にトレーニングを進めることの重要性を感じたし、ケガによる挫折を二度味わった。これらの経験はその後の人生に活かされていると感じる。学生の皆様には、学業だけに終始するのではなく、学生時代にしか経験できない何か打ち込めることを見つけて、学生生活をより充実したものにして欲しいと切に願う。

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