薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。
2026年1月掲載
母国語で学べる強みとは?日本語が支える学びと科学
日本語ってすごい!―表意文字と表音文字のハイブリッド言語
みなさんが毎日使っている日本語は、漢字という「意味を表す文字(表意文字)」と、ひらがな・カタカナという「音を表す文字(表音文字)」を組み合わせて使っています。たとえば「私は木を切った」という文章では、「私」「木」「切」が意味を持ち、助詞「が」が主語を、助詞「を」が対象物を示します。さらに「(っ)た」という送り仮名で過去の事象であることを表します。このようなハイブリッド言語は、世界的に見ても珍しいものです。
日本語は、情報量重視の表意文字と、だれにでも読みやすい表音文字を共存させ、情報を効率よく伝える仕組みを作ってきたそうです。特にカタカナは外来語を導入するのに効果的で、カタカナを利用して「コンピュータ」など、現代の生活に欠かせない言葉を自然に取り込み、「サラリーマン」など日本独自の意味を持つ言葉さえ生まれています。つまり、日本語は古いものを大切にしながら、新しいものを取り込める柔軟性の高い言語なのです。
母国語で学ぶことができる環境
このような日本語の柔軟性は、科学や医療の分野でも大きな役割を果たしています。現代では、一部の固有名詞や慣用カタカナ表現を除けば「カタカナ=外来語」という使われ方をしているため、英語などに由来する専門用語がカタカナ用語としてそのまま導入されています。実際、医療やバイオテクノロジーの世界では、「ワクチン」「ゲノム」などがカタカナ語として定着し、研究者や医療従事者だけでなく一般の人々にも広がっています。将来、AI創薬や遺伝子治療など新しい技術が進む中で、日本語はさらに多くの専門用語を吸収し、科学と社会をつなぐ架け橋になっていくでしょう。
また、こうした言葉がスムーズに受け入れられることで、日本では様々な分野の学問を母国語で学ぶことが可能となっています。これは、高等教育を外国語で受ける国が多数ある中で、科学や文化の発展において国際的にも非常に有利といえるかもしれません。言語、特に母国語は、情報の伝達だけでなく、頭の中で考えることにも使われています。日本語は、思考の材料として、世界に散らばる数々の知識を母国語として取り入れることが可能なのです。2000年にノーベル化学賞を受賞された白川英樹先生をはじめ何人もの先生方が、日本人が母国語である日本語で考えることの重要性を説いておられます。
和製英語や略語に注意!
さて、先に挙げた「サラリーマン」は、和製英語と呼ばれるもののひとつで、英語として使われることはほとんどありません。和製英語でなくとも、カタカナとして日本語で使われるうちに意味が変容してしまったものもあります。例えば、「リーズナブル (reasonable)」は英語では「理由付けができる、合理的な」という意味ですが、日本語では「値段が手頃」というニュアンスで使われます。「mansion (大邸宅)」や「consent (同意、賛成)」なども齟齬を生みやすい語彙ですね。
略語は会話をスムーズにし、親しみやすくする工夫です。「convenience store」の略語「コンビニ」や、「emotional」の略語「エモい」のように、非常にリズム感が良く使いやすいのですが、注意点もあります。例として、同じ「コン」という発音に対して、「コンビニ」の他に、「パソコン」は「personal computer (個人用計算機)」、「リモコン」は「remote controller (遠隔操作装置)」、「エアコン」は「air conditioner (空気調節装置)」が略されたもので、略された語彙が異なるのです。また、「再構築(restructuring)」の略語である「リストラ」が、日本では組織の再構築のための「解雇」と思われがちなように、日本語として使われてきた中で新しい意味が付加されたものもありますし、「building (建物)」の略語「ビル」と「bill (紙幣、請求書)」のように、略語が他の語彙と同じ発音になってしまった例もあります。自分が発信した語彙を、相手が同じ意味で使っているとは限らないのです。近年薬剤師には、医薬品の使い方などの情報を患者や関係者に伝達する、情報発信とコミュニケーションの力が求められています。日本語、英語といった言語の違いに関わらず、本来の意味も含めて言葉が持つ意味をしっかり理解して、正確に情報を伝えることを心がけてください。
参考文献
- ・吉田 敬「日本語の文字種間にある表音性の異同」2019年
- ・馬場錬成「特許は日本語で考えることが重要」2017年
- ・姫田 慎也「和製英語の複合語について」2005年
- ・増地 ひとみ「学術雑誌におけるカタカナの役割と使用実態(その3)-日本語リテラシー教育への還元を視野に-」2025年
- ・今野 真二「表意的表記と表音的表記 — 日本語における『あわい(間)』の観点から —」2024年