薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。
2016年9月掲載
2本歯(の下駄)で立って前へ
私は製薬企業で研究に従事した後、体のしくみを細胞レベルでもっと知りたいという純粋な興味が勝って大学での研究に戻るという選択をしてきました。ある部分を明らかにすることができてもその先に新たな謎が広がり、40億年にもおよぶ進化の賜物である生命は高度な複雑系で理解するなんて到底かなわないと思い知らされることばかりです。
学生時代に某教授が学生達に対して、「将来は1本歯ではなく2本歯(の下駄)で立てるように。」と言われたことがありました。研究は1つの分野の専門性を追求するだけではなく、少なくとももう1つの分野の専門性も持ち合わせて複眼的に俯瞰し実行する力が必要、といった意味であったと記憶しています。自らを振り返るとあまり偉そうなことは言えませんが、研究以外でも物事を俯瞰的な視点で捉えて考え、多角的なアプローチで遂行することはより意義ある成果につながることは明らかです。
現在の薬学教育とそれによって育成される薬剤師は、薬のプロフェッショナルとしての知識と技能、そして、病歴や体質等それぞれ異なる患者さんに対応しつつチーム医療や地域医療の現場を担う医療人としてのマインド(と実践的な知識・技能)、といった大きな2本歯で立つことが求められています。以前の薬学はもっぱら物質としての薬の知識や技術の教育がなされ、現場に出た中で先輩方は医療現場における薬剤師としての職務のあり方を模索し確立して来られました。医療の高度化や高齢化社会の要請もあり、今は始めからこの2本歯(あるいは知識、技能、態度の3本歯)を形作るべくカリキュラムが組まれ、学生は学内での様々な基礎教育と、実務実習先の指導薬剤師の先生方の協力を得て実践的な教育を受けることになります。いわば学生1人1人に対して、学内・外の人海戦術で2本歯(のもと)を作ろうというものです。
たとえ2本歯のもとが形作られても、その上に自分の足で立ち歩むことが重要です。卒業後、始めはバランスが悪くてつまずいたりするかもしれません。自分で足元を補強して各自のペースで前へ進む強さとしぶとさも学生時代から身につけていってほしいと願っています。