薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。
2024年2月掲載
畑から薬のことを想う
薬学部教授
名取 威德
●植物の生存戦略
私は研究でも植物を素材としていることもあって土いじりが好きで、庭の手入れをしたり、畑で野菜を作ったりすることを趣味にしています。顔を近づけて植物をよーく眺めてみると、庭木や作物だけでなく、雑草と呼ばれる植物までが、それぞれに生存戦略を持っていることに気が付きます。地べたに葉を広げて太陽の光を多く受けようとするタンポポや、ツルを巻き高みに葉を広げるマメ科植物、はたまた「ばか」とか「ひっつき虫」と呼ばれて種子を人間や動物にくっつけて生息域を広げる雑草(写真矢印:我が家の愛犬は気にならないみたい)など、さまざまな物理的手段を講じています。こんな視点で目の前の植物たちの進化の過程に想いを馳せていると、時の経つのを忘れます。
一方で化学的な手段として「毒」をもつことで、昆虫や動物からの捕食を逃れる戦略をとる植物がいることもよく知られています。Noah Whitemanの著「Most Delicious Poison(最も美味な毒)」によると、どんな植物も多かれ少なかれ進化の過程で毒となる成分をもつようになったとのことです。なるほど我々がスーパーで見かける野菜にも少なからず「毒」となりうるものがありそうです。よく知られるところでは、ジャガイモの芽や日を浴びて青くなったところにある「ソラニン」という成分は中毒により腹痛を引き起こします。また2021年のノーベル医学・生理学賞の研究対象となった唐辛子の「カプサイシン」は温度センサーに作用して辛味として生物に感知されるなどの知見につながりました。これらのよく知られたものだけでなく、身の廻りによくある観葉植物やスパイス類までが実は「毒」であると先の書籍では記されています。
●毒とくすり
興味深いことですが、薬の開発の歴史を振り返ると、「毒」と「薬」は紙一重であることがわかります。そもそも全てといってよい薬には「副作用」があります。適量を過ぎて使用したり、使用してはいけない部位に使ったりすると、副作用として毒性が現れます。それではということで20世紀後半には植物や微生物、さらには海洋生物が作り出す「毒」を求めて世界中の研究者が探索競争を繰り広げ、かく言う私もその一人でした。そうやって見つかった化合物の中には今日も広く使用される抗腫瘍剤、抗菌剤、抗ウイルス剤などになったものもたくさんあります。
しかし薬の開発は、この諸刃の刃とも言える化合物を片っ端から探していくステージから、より効果が強くて毒性の低い化合物を効率的に創生する方向に変わってきました。これはひとえに病で苦しんでいる患者さんを救いたいという多くの研究者の想いが押し進めてきたもので、本当に頭が下がります。私も患者さんに喜んでいただける薬の開発の一助になればと、微力ながら植物を使った研究に日々取り組んでいます。学生から「あの先生、また毒にも薬にもならない研究やってる〜」と、言われないように。