連載コラム

薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。

2022年6月掲載

「生物は我々に沢山の知識を与えてくれる」

水間俊

薬学部教授
大西 敦

昆虫は人間にとって身近な動物であるが、皆さんはお好きですか?昆虫は人間とは姿形や体のつくりが大きく異なる生物であり、動きも独特であることなどから、その好き嫌いは人によって大きく分かれるだろう。例えば、綺麗な翅をもつチョウ、心地よい音色を奏でるスズムシには愛好家が多く、鎧のような外骨格をもち格好の良いカブトムシ、クワガタムシは子供に人気がある。一方、ゴキブリ、カ、ハエといった昆虫を好きな人は皆無ではないだろうか。外見、行動だけでなく、人間にとって有益か否かで昆虫は益虫、害虫と区分され、さらにその好感度や扱いも大きく異なる。ゴキブリ、カ、ハエなどは、人間に病原菌を媒介することなどから衛生害虫と呼ばれ、イナゴ、イモムシなどは農作物を食い荒らすため農業害虫と呼ばれる。一方、人間に利益を与える昆虫は益虫と呼ばれ、中でもカイコやミツバチはその代表である。前置きが長くなったが、今回は我々に様々な利益を与えてくれ、私も研究でお世話になっているカイコについて少し紹介させて頂く。

カイコ(学名:Bombyx mori)は、小学生の頃に理科の授業で多くの人が接したことがあるだろう。益虫とはいえ、幼虫の見た目はイモムシであるし、カラフルな翅をもたず見た目も格好の良い成虫にはならないので人気のある昆虫ではない。しかし、ご存じのように、カイコがつくる繭から取れる絹によって、古代から現在に至るまで、人間は多大な恩恵を受けてきた。絹は独特の光沢や滑らかな質感をもつことから、衣類の材料として珍重されており、西陣織、博多織などの高級絹織物は皆さんもご存じであろう。特に日本においては、1872年の富岡製糸場の開業以降、製糸業は基幹産業の1つとして、明治以降の近代化を支えてきた。また、皇室行事に「御養蚕始儀」があること、カイコの餌である桑という文字が含まれる名字が多くあること、桑を含む多くの地名が国内に点在することなどから、日本人にとってカイコがとても身近で大事な昆虫だったことは想像に難くない。養蚕が盛んだった地域では、今でも親しみを込めて「お蚕さま」と呼んでいたりする。

現在、日本の主要産業だった製糸業は、化学繊維の台頭や安価な外国産の繭の輸入などにより衰退の一途を辿っている。そのため、令和の日本ではもうカイコは重要な昆虫ではないと思われるかもしれない。しかし、歴史的に養蚕が盛んであった日本では、カイコは実験動物としても利用されており、この昆虫に関する数多くの知見の蓄積がある。今ではカイコがもつ様々な能力を利用、応用した新技術が開発、確立されている。例えば、バイオ医薬品など他の方法では製造が難しい有用物質は、遺伝子改変したカイコの体内で大量に生産することができる。まだ、人に投与する場合の十分な安全性検査が必用であるが、実際に抗体、酵素、サイトカインなどの有用タンパク質を生産できており、動物用医薬品、検査薬などではすでに実用化されている。絹は外科手術の縫合糸として使われてきた歴史があるが、フィブロインとセリシンというタンパク質から出来ている天然素材であるため、遺伝子改変が可能であり、組織構築を支える足場素材として再生医療への利用が試みられている。また、近年世界で深刻になっている食糧問題の解決策の1つとして、飼育コストの安い昆虫食が注目されているが、カイコは飼育方法が確立されており、豊富な栄養分を含むことから食用の面からもその一助になるであろう。

これまでにも、カイコは製糸業だけでなく生物学、生理学、遺伝学といた学問の発展に大きく寄与してきた。今回お話ししたカイコだけでなく、地球上に存在する多くの生物は、人類に様々な恩恵や知識を与えてくれる。それを上手に享受するためには、我々は常に学問に対する探究心をもたなければいけないのである。

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