薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。
2019年3月掲載
「あ、そうか。なるほどね。」が大切
薬学部教授
鈴木 英治
薬学部のカリキュラムは自然科学(物理、化学、生物)をベースとして「なぜ、どうして?」に対して「あ、そうか。なるほどね。」と極力納得できるように組まれています。私は実際に薬学部で1年、3年、さらに6年生の「有機化学」を担当させていただき、実感したことがあります。それは新しい知識に出会ったとき、基本に戻り「あ、そうか。なるほどね。」と納得する習慣を1年次から身に付けた学生のその後の顕著な成長です。
例えば1年生の「有機化学」分野では「構造式が発する声が聞ける」くらいの深い理解(こう言うと変な人ですが…)が大切です。その後の学習内容が一直線上に並び、容易に「理解」が可能になるからです。
古代ギリシャ時代からヤナギは解熱・鎮痛を目的として使われた記録があり、身の回りでは爪楊枝も虫歯に鎮痛作用のあるヤナギ(楊)で作られていました。19世紀前半にヤナギの樹皮から得られた物質の熱分解で有効成分であるサリチル酸が分離されました。さらに19世紀中盤にその構造式が決定され化学合成により「医薬品」として供給されました。この合成法は高校「化学」で習う工業的製法と基本的に同じです。しかしサリチル酸には耐えがたいほどの苦みと、重篤な胃腸障害を引き起こす「副作用」があり、患者を苦しめていました。19世紀末、この「副作用」をなくす化学構造式を考えて合成された解熱・鎮痛薬がアスピリン(アセチルサリチル酸)です。これは天然に存在しない世界初の合成医薬品ですが、誕生から120年たった現在も臨床で高頻度に用いられています。さらに抗血小板薬などの新しい薬効が承認及び研究され続けている奇跡の「医薬品」といえます。
このようなほとんどの「医薬品」は小さくても力持ちの小分子の構造式を持つ化合物で、化学の力(有機合成化学)で創り出されるものが大半です。これらの小分子は、タンパク質を始めとする巨大な生体分子の特定の部位に張り付くことによりその機能を変え、それが「薬効」に繋がります。今ではアスピリンの薬効は生体内で生成される炎症物質の生成過程を阻害するという分子機構(化学構造式による理解)まで解明されています。さらに近年では薬が作用するタンパク質の部位が特定できると、そこに医薬品として働く分子のおおまかな構造式の設計はコンピュータ上で行えるところまで進歩しています。
一方、薬剤師として「医薬品」を扱う際に問題となる、医薬品の相互作用や物質変化の予測、さらに生体への作用についてもかなり「化学的な理解」が可能です。このことは既存の現象の系統的な理解に加え、未知の事象に対する予知までできる可能性を示します。ある抗菌剤の小児への投与で起こりうる重篤な副作用(低血糖)の機構が解明されたときのことです。この抗菌剤が体内での分解過程で生体分子と反応してしまうことがその引き金だったのです。そこで同じ化学構造を含む複数の医薬品についても調査すると同様のリスクがわかり、国の関連機関から副作用に十分留意しながら用いるように「医薬品適正使用のお願い」が医療現場に発信されました。チーム医療の中でもこのような視点を持って事象を考察できるのは薬剤師しかいないという点が重要です。
6年制薬学部の化学系カリキュラムでは後者の「臨床を見据えた医薬品の化学的な理解とその問題解決能力」がより重要視されています。皆さんも薬学で「なぜ、どうして?」という知的好奇心を発揮してみませんか。
【参考文献】
- Jack DB.; “One hundred years of aspirin” Lancet 1997 9;350(9075):437-9.
- Piria, R.; “Recherches sur la salicine et les produits qui en dérivent” Ann. Chim. Phys. 1838, 69, 281-325.
- Kolbe, H. Lautemann, E.; “Ueber die Constitution und Basicität der Salicylsäure” Justus Liebigs Annals Chem 1860, 115 (2): 157-206.
- Sneader, W.; “The discovery of aspirin: a reappraisal” BMJ 2000, 321 (7276): 1591–1594.
- Weiss, HJ. Aledort, LM.; “IMPAIRED PLATELET/CONNECTIVE-TISSUE REACTION IN MAN AFTER ASPIRIN INGESTION” Lancet 1967, 2, 495-497.
- 「ピボキシル基を有する抗菌薬投与による小児等の重篤な低カルニチン血症と低血糖について」医薬品医療機器総合機構PMDAからの医薬品適正使用のお願い No.8, 2012年4月