連載コラム

薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。

2019年7月掲載

薬学と生物

小林秀昭

薬学部教授
小林 秀昭

ここでは私個人の薬学における生物に関する雑感を述べたいと思う。

薬学部と聞いてまず思い浮かぶのは化学の専門家というイメージではないだろうか。実際、本学も含め多くの大学の入学試験では化学が必須となっている。確かに薬の多くは低分子化合物であり化学合成によって作られている。そのため化学合成などの知識は必要である。

一方、2006年度から始まった薬学部(6年制)では、医療の担い手としての薬剤師の養成を目指している。「薬学教育モデル・コアカリキュラム平成25年度改訂版(薬学系人材養成の在り方に関する検討会)」を見ると、「薬剤師として求められる基本的な資質」が10の視点により整理され、そのうちの一つに「コミュニケーション能力」があげられる。「薬の専門家として、患者・生活者、他職種から情報を適切に収集し、これらの人々に有益な情報を提供するためのコミュニケーション能力を有する。」である。高校生と話していると薬剤師にはコミュニケーション能力が必要でそれを薬学部で学びたいという意見をよく耳にする。もう一つとりあげると、「薬物療法における実践的能力」がある。「薬物療法を主体的に計画、実施、評価し、安全で有効な医薬品の使用をするために、医薬品を供給し、調剤、服薬指導、処方設計の提案等の薬学的管理を実践する能力を有する。」である。ここで私が言いたいのは、薬学の主体が医薬品の合成などを主体とした研究から人や人疾患に対する薬物治療に軸足が移っているということである。

化学が得意であれば、その化学構造式から薬物受容体に対する親和性などをもとに薬効薬理などを理解し適切な薬物治療につなげていくという道筋が見えるであろう。言い換えると、薬は人という生き物に作用する。薬学部に進学するにあたり生物はあまり気にかけないかもしれないが、薬の標的である生き物にも関心を向け生物を学ぶ重要性も理解して欲しいと思う。薬学部では実務的な(あるいは臨床的な)研究から基礎的な研究まで幅広く行われており、基礎研究では化学以外にも生物をはじめ様々な分野で研究が行われている。これはひとえに薬の作用点がヒトという生き物でありまた患者であるからである。

ここで一つ私の研究を紹介したい。私は生物の成長(発達)に興味があり、ここ10年程度は昆虫(カメムシ)とその腸内に存在している特定の共生細菌との相互作用について研究を行っている。カメムシの成長には共生細菌が不可欠であり、共生細菌が存在しないとその個体は成長しない。どうしてカメムシは単独で生活する道を選ばずにそのような共生が生じたのか、また両者それぞれの利点は何なのか、など多くの疑問が出てくる。このような研究が薬学に必要だと考える一つの理由は、ヒトにおいても腸内に細菌が存在し(腸内細菌叢)、それによりヒトの健康が大きく影響を受けていると考えられるからである。ヒトを理解するには、ヒトそのもののみならず、ヒトを構成しているこれら微生物も注目する必要がある。ヒトでは多くの細菌種が存在しそれぞれの役割を理解することは困難だと思われるが、カメムシとその特定の共生細菌との関係は一対一であり研究モデル系として優れている。将来的にはこのモデル系で得られた知見をヒトでの研究に還元したいと考えている。

薬学部への進学にあたり、生物もしっかりと勉強してはいかがだろうか。

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