薬学部ホームページを制作するにあたって、薬学に関係する皆さまに向けた連載コラムをお届けすることにいたしました。今後、本学教員が定期的に連載をしてまいります。
2021年1月掲載
ある薬剤師の物語

薬学部教授
伊東 明彦
薬学に関係する皆様に向けた本連載コラムへの執筆を頼まれた。なぜ、私?どうも頼めば断らないだろう。とのことらしい。確かに私はこれまで頼まれると断れないできた。決して何でもできると思っているわけではない。気が弱いだけだ。すっかり性格を読み切られたようだ。ということでどんなことを書こうかと考えて、先ずは誰を対象に書こうかと考えたが、やはり未来の薬剤師に向けて書こうと決めた。しかし、説教じみた話にはしたくないなぁ‥‥そうだ、私の友人Y君の話をします。
心揺さぶられて
Y君は、幼いころから、人と関わることが得意でなくできれば一人でいたいと思う方で、思ったことを人の前で話すことができなかったそうだ。当然、友達もほぼいなかった。中学生の時、演劇部の顧問の先生に地区の演劇大会にだすお芝居で不良役をやってくれないかと頼まれた。(実は男子がいなかったかららしい。)自分の気持ちをはっきり言えない性格から断れず不良役をやることになった。先生から厳しく指導されたが、実はこれが非常に楽しかったらしい。“自分でない自分でいられる。” そんな感じがなんとも心地よかったそうだ。地区で優秀作品に選ばれ上位の大会へ。さらに気持ちは盛り上がり、“演劇はいいなぁ” で、高校生になって某劇団の下部組織で滑舌、演技やダンス等々を……
ある日、Y君は強烈な衝撃を受ける出来事に会う。演技練習で寸劇を行うという場面であった。講師の先生から「やる人?」と声がかかった。間髪入れずに一斉に皆の手が上がり、当然、Y君も手を上げた。「はい、君」先生はY君を指名した。その時、Y君は「え?」と言ってしまった。その瞬間、「もう、やらなくていい!」と先生、それと同時に周りの人達の「はい!はい!」と大きな声が聞こえたそうだ。想いが違う。情熱が違う。覚悟が違う。自分とは。心が激しく揺れたことをY君は今でも強烈に覚えているそうだ。当然ですが、ここでは皆が役者になりたいと思う人ばかり、何としても役者になりたいとの目標を持って全力で取り組んでいるのだと心底感じたそうだ。
薬剤師として
Y君は、物づくりが好きだったこともあり、薬学部へ入学し薬剤師になろうと決めた。(私とはここで出会った。)性格は変わることはないが、心が激しく揺れた出来事で覚悟や情熱を常に意識していた。諸般の事情もあり、とにかく早く卒業したかったそうだ。(とは言っても4年を短縮できるわけではないが)大学では自分の好きなことだけをやっているわけにはいかない。決められた学問をすべてクリアしなければ卒業できない。卒業すれば自分の好きなことがやれると思うと早く卒業したいと言っていた。Y君は、卒業後、病院に就職した。当時の病院薬剤師の仕事は調剤中心だったので人と関わることの苦手なY君にはとても合っている気がしたそうだ。しかし、経験を積み重ねるとともに薬剤師は医療に関わらねば、治療をしていかねば、薬剤師のあるべき姿とは、と考えるようになった。この時、性格が、よりも“情熱・覚悟”のワードが心に。そして、薬剤師を演じよう「薬剤師として医療の舞台に花を咲かせよう」なんって思っていたそうだ。
ある詩との出会い
Y君は、薬剤師として働くなかで、いろいろな場面に直面する。やりがいを感じることもあるが、いやになって逃げだしたくなること、もう、やめたと思うこと数えきれない。仕事をしていればいやというほどある。何もしなければいいんだと思うことも。そんなY君は、あるお芝居での詩と出会った。
「運の良し悪しはしかたないこと。大切なことはあきらめないで、自分物語、自分でつくる。それはきっと楽じゃないさ、楽じゃなくていいさ、いいんだ。それが本当の暮らし」。日常の生活がとても厳しくて、自分たちで暮らしていくことが辛く思う主人公たちが、自分たちで何もしなくても日常の生活品や食べ物もすべて与えてもらえる世界にあこがれ、皆でその世界に行く。しかし、その世界での生活では、自分で行動することを許されず常に支配者の指示に従うことを強要され、反すれば罰が待っている。何か違うと考えた主人公たちはその世界から抜け出し、苦しい生活であった自分たちの故郷へ帰ることを決意し、必死の思いで故郷へ帰る時、主人公たちが叫ぶ詩である。
Y君は、この詩を自分に重ねた。「自分物語、自分でつくる」、自分がどうしたいのか、自分がどうなりたいのか、それを目標に自分自身、努力と研鑽を積み重ねていくことが大切だということ。もっと大きく言えば薬剤師の力で病院をどうしたいか、薬剤師が病院の看板になる、そんな想いを持って薬剤師が仕事をすれば……
「待っているだけではだめだ」、食事をくれるのをただ待っているだけではだめだ。自分で食べ物をとりにいかなければ。そう、誰かが、病院が、院長が、やってくれるのを、助けてくれるのを、待っていては問題の解決はありえないのだ……
「それは楽じゃないさ、楽じゃなくていいさ、いいんだ」、誰かがやってくれるのを待つことなく、自分物語を自分でつくっていくこと、病院のなかで積極的に多くの仕事をこなし、薬剤師が病院の看板になるなんてとてもじゃないが、楽なわけがない。しかし、だからこそ、その意義があるんじゃないか……
結局、説教じみた話で精神論になってしまいましたかね。Y君のお話は、まだまだ続くのですが今回はここまでです。次回があるかは分かりません。状況は違いますが、これらのことは皆さんにも通ずるものだと思いませんか。“人生とは選択しながら時間を使うこと”といいます。選択を間違えると人生が終わるかというとそういうわけではない。選択をし直せばいいのだから。そういう意味では自分自身の人生(自分物語)は、自分でつくるしかないのではないでしょうか。薬剤師の将来は、この先にある。未来の薬剤師の物語は、自らのチカラでつくらなければ……